(500)文字のレビュー『ハクソー・リッジ』★★★「メル・ギブソンが理性を取り戻したように見せかけて、要所要所でエゲつない地獄」

『ハクソー・リッジ』(Hacksaw Ridge)★★★

後半戦の地獄のかくれんぼに大興奮。

メル・ギブソンの映画史における最大の功績は、スピルバーグが『シンドラーのリスト』で切り開いた「真実に基づけばどんな残酷描写も許される」というアプローチを、歴史大作『ブレイブハート』で一気に「戦闘描写」そのものに応用したことでしょう。そのリアリスティックなスプラッター描写の数々は、ジェームズ・ホーナーの感動的な音楽や、ジョン・トールによる美しい映像などでカモフラージュしつつも、心ある観客をはじめ、映画業界内に大きな波紋を巻き起こします。そして、当のスピルバーグが「わたしが本当の真実に基づいたらいくらでも残酷描写を徹底しても良いという作品をお見せしますよ」と山岡ばりに発奮した結果、あの『プライベート・ライアン』を作ってしまったわけです。

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それから約20年を経て、ついにメル・ギブソン自身が「第二次世界大戦映画」に参戦。

ところが、『パッション』『アポカリプト』といった以降の監督作で、完全に理性を失っていたメルは、さすがに10年近い謹慎期間に我に返ったらしく、今作では『ブレイブハート』での理性を取り戻していたようです。

『沈黙』で散々信仰に関してはどえらい目に遭ってきたアンドリュー・ガーフィールドですが、アレだけの逸材を神が手放すわけもなく、今作でもやはり「信仰」に振り回される主人公を、いつものフニャフニャ顔で見事に演じています。

全編戦闘シーンなんじゃないかという心ある映画ファンの期待をある意味裏切り、この映画は典型的な二部構成になっています。

前半は主人公が軍に志願して、訓練期間の中で「信仰として銃を持たない」と意地っ張りなところを見せたことから、親父が出て来るハメになるような大事に発展。仲間の紹介や、確執、軍法会議、そして「戦争という狂気の中で、何が正常で何が異常なのか?」という、結構ヘヴィーなテーマが描かれます。

逆に言えば、前半でそこらへんをキチンとやっておかないと、メルとしては後半の「地獄絵図」にノイズが生まれると判断したのでしょう。これは正しく英断だったと思います。

そして、実は監督一作目の『顔のない天使』でもその手腕をみせていたように、序盤のロマンスシーンや、訓練シーンなどのある種のどかな雰囲気のシークエンスも巧みに演出して見せてくれます。

まあ、とはいえ、主人公がいきなり車に轢かれそうになる場面では抜かりなく観客をビビらせてくれますし、主人公が「病院で治療と美女」に出会うというシークエンスに導くに至っては、必要以上に痛そうな事故シークエンスもあったりして油断はできません。

とまれ、いよいよ本番である「沖縄戦」である後半戦に突入。

実は映画の冒頭にこの戦闘シーンがモンタージュで観客に示されるのですが、その映像がハイスピードを使った、ある種幻想的な描写になっており、「大丈夫かな?」と心ある映画ファンをちょっぴり不安にさせるんです。

それが、かなり効果的なミスディレクションになっており、いよいよ火蓋が切って落とされるやいなや……

メルの「肉塊主義」が爆発!

人間が次々とミンチと化していく、第二次世界大戦特有の「大口径弾」による非人道的殺戮シーンが非常にスピーディーかつソリッドな演出で延々展開。ここらへんの「延々」ぶりには、メルのスピルバーグに対する完全な意趣返しを感じさせてくれます。

そして、二日目には地下道から湧き出てきた日本兵が完全に『スターシップ・トゥルーパーズ』のバグと化してアメリカ軍に襲い掛かってきます。この撤退戦の「肉弾戦」感もなかなか凄まじいのですが、ふと「でも、それほど残酷にも感じないし怖くもないな」と思い始めます。最初は麻痺してしまったのかと思ったのですが、やはりそこはスピルバーグが「ホラー」として『プライベート・ライアン』を演出したような「怖さ」と「緊張感」がそこまで醸成されていないからではないかと。

いや、普通の戦争映画に比べれば十分すぎるほどの大残虐シーンのオンパレードなんですけどねw

それは、主人公が「衛生兵」であるという、戦争映画としては非常に珍しいアプローチの作品だからなのかもしれません。

メルもちゃんと理性を保って演出していることがよくわかります。

後半は「命を救う」という衛生兵としての本分をクライマックスで延々描いてくれるのです。実は筆者はこのくだりが音楽の感動さと相まって、大変素晴らしかったと思いました。逆に言えば「普通の映画」になってしまっているとも捉えられるんですが、やはり「衛生兵」を主人公にするという特殊なアイデアをメインにしている方にウェートが割かれていると思いますので、これで正解なんではないでしょうか。

近年の「実話に基づく映画」のお約束である、「実際の人物たちの映像」などが出てくるあたりも、メルが正気で作ったんだなと。

メル・ギブソンが正気で映画作っても仕方ないだろうと心ある映画ファンの思いも理解しつつ、それでも「ネズミ」や「蛆虫」や「手榴弾を手で叩いて、足で蹴る」なんてこともやっているわけですから、十分期待には応えてくれているんではないかと、頼まれてもいない弁護をしたくなる映画でした。

追記

父親役のヒューゴ・ウィーヴィングのアル中芝居が圧巻で最高でした。下唇をワナワナ震わせて喋るなんて、やはり監督自身の実体験は強いなあと。

【139分/シネマスコープサイズ/2Kマスター(イオンシネマ板橋2番スクリーンにて鑑賞)】

北米版のUHDには、残念ながら日本では公開劇場がなかった【Dolby Atmos】サウンドが収録されています。

ルパート・グレグソン=ウィリアムズの音楽も大変良かった。名前から分かる通り、ハリー・グレグソン=ウィリアムズの弟だそうです。2人揃って燃え系の音楽なのにセンチメンタルなメロディを作るのが上手いですよね。

メル・ギブソンの最高傑作であるばかりでなく、残酷歴史大作としても右に出るものない金字塔。

「真実に基づけばいいんだろう」路線を拡大解釈して、いよいよ「宗教に基づいてればなにやってもいいんだろう」映画をやらかした超問題作。メルがイーストウッドを完全に超えたと思わせる「ドM」嗜好と、「拷問主義」を徹底した作品。観るのに相当の覚悟が必要な今作が3億ドルとか稼いでしまうアメリカの狂気。

「真実」「宗教」と「やりたい放題の口実」探しの果てにメルがたどり着いたのが「古代文明」だ! 「古代文明ならハッキリしたこと分かってないんだから、なにをやったっていいだろう!」魂が炸裂。超凶悪にバーバリアンな作品に。

アンドリュー・ガーフィールドの「ノオノオノオノオノオノオノオ」映画としても名高いが、やはりガーフィールドの「信仰」が試され始めた一作として記憶したいスコセッシの力作。これからもガーフィールドは試され続けるのだろう。

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