『忍びの国』★★1/2

このビジュアルを中心とした「おとぼけ」的雰囲気の広告戦略は、大野くんの「ドヤ顔」を中心に構成された「殺意を抱かせる」予告編などなど徹底されていますが、実は『シン・ゴジラ』もかくやとばかりに、裏をかいてきます。
ジャニーズ事務所が大量の殺人マシーンを擁する日本随一の芸能事務所であることは、意識の高い映画ファンなら説明の必要はないでしょう。
筆者は観逃していますが、木村拓哉さんも『無限の住人』で大量殺戮に手を染めていますし、山田洋次監督の『武士の一分』でもその殺人マシーンぶりはなかなかのものでした。SMAPで言えば稲垣吾郎さんも『十三人の刺客』で残虐非道なお殿様を喜々として演じていました。
そんな中、ジャニーズ事務所の大黒柱と言ってもよいグループ『嵐』からまた一人「殺人マシーン」が映画界に殴り込み。
この映画の一筋縄ではいかないところは、広告戦略から徹底しており、観ているこちらをモヤモヤさせずにはいられない時代錯誤な「おとぼけ」路線を決め込んだ予告編をはじめ、鑑賞前の観客にはそれこそ忍者がドロンしたり、ガマに乗って現れても不思議ではない「妖怪大戦争」系路線しか思い浮かびません。
果たして開幕早々その期待は裏切られず、「いまどきコレ?」というレベルの稚拙なCGを駆使した忍者同士のオママゴトのような小競り合いが描かれます。心の準備をしていたこちらも「おいおい、中村義洋監督大丈夫なのか?」と極度の不安に。
ところが。
「川」と忍者が呼ぶ「決闘」。互いに背後に一本線を引きそこから後ずさること無く、超接近戦を繰り広げる戦い。序盤の大詰め、大野くん演じる主人公「無門」がその決闘を相手の忍者とやりあうのですが、そこまで「オママゴト」のような戦いから一転、相手の短刀を使ってその胸を貫きブチ殺す。それも淡々と。
この冷水を浴びせかける感覚は、筆者自身覚えがあります。
『ジョーズ』の原作者として有名なピーター・ベンチリーの原作を映画化した『アイランド』という映画。

テレビ放送で観てやたらと気に入ってしまった筆者は、子供の頃日がな一日この映画を観続けていました。マイケル・ケインが機関砲を乱射するというレアな映像も楽しめます。
現代に生き残る「海賊」をモチーフにしたサスペンス。中盤で、その海賊たちが若者たちの乗るヨットに乗り込むシークエンス。そこで調子に乗った若者の一人が、ナイフで海賊の一人を遊び半分で挑発して戦いを挑み、海賊も笑ってそれに応じて剣でチャンチャンバラバラと海賊映画のよくある風景。ところが、その海賊が「遊びはこれまでだ」と言わんばかりに、笑いながらその若者の腹をグサっと刺すんです。若者は文字通り「嘘だろ!?」という驚愕の表情のまま死んでしまう。
このシークエンスを観たとき、その「即物的な死」の描写に戦慄と原始的な恐怖を脳に叩き込まれたのです。
現代に生きていると、自分が突然死ぬんだということはなかなか理解できません。映画というフィクションの中においても、その「死」は半ばパロディのように扱われることもしばしばです。
今作でも序盤をはじめ、基本的に全編「ぎゃあ!!」という新春かくし芸のような雰囲気で、その「死」はリアリティを全くともなわずに描かれます。
それが実は確信犯であることは明確。なんせ中村義洋監督は、あの『残穢』の監督でもありますから、「おわかりいただけただろうか?」というエクスキューズもなく、要所要所で突然「死」を不意打ちのようにリアリティ満点で描写。
観ている方は、終始その「おとぼけ」路線のようなビジュアルによって心に隙間を作らされているので、その「死」に身構えることを許されず、終盤の「意外な死」に際しても「嘘だろ!?」と海賊に殺される若者のような驚きを味あわされます。
作品にとっての成否はともかく、監督のこの狙いは見事に効果をあげており、戦国時代に限らず「戦争とは殺人の集積」であることを頭ではなく身体で体験させてくれます。そしてジャニーズの大野くん目当てという大きな引っ掛けも利用して、その殺戮の連鎖が「現代」と地続きなのだということも。
それを踏まえて、大野くんの予告通りの「ドヤ顔」や、「めんどくせ」という現代若者を象徴させるような適当なキャラ造形なども、実は意図的に組み立てられている事が終盤になるとよくわかります。
「ちょっとそれはやりすぎじゃない?」と思わなくもない説明的な演出が多々あるにせよ、夏休み映画でございというこの興行的なポジションでこれをやるというチャレンジは評価したいと思います。
また、忍者といえば当然アクションが見どころになってくるのですが、このあたりもファイト・コーディネーターやパルクールの人たちが専門で立ち回りを組み立てているようで、アクロバティックな戦いなどは結構燃えさせてくれます。なかでも特筆モノは、終盤再び大野くん演じる無門が再度「川」を行うシーン。ここでのクナイを駆使した「攻めと受け」を同時に行う攻防は燃え燃えで、序盤の戦いとは打って変わった「激闘」ブリに血沸き肉踊ります。
まあ、「変わり身の術」とかあったりして、「なんだ、そりゃ?」的な子供だましも多いんですけどね。そこはやはり「忍者」映画を観に来た観客への目配せなのかもしれません。
とまれ、「ナメてたジャニーズが実は殺人マシーンでした」映画に新たな快作が誕生したということは言えると思います。
中村義洋監督の問題作。観た後誰しも逃れられない楔を心に打ち込まれる危険な映画。
『残穢』の半年後に中村義洋監督が「いや、さっきは悪かった悪かった! 勘弁な!」的な、シャレの通じない同僚のような扱いで叩きつけられたハートウォーミングな時代劇の傑作。本当に人の心を弄んで楽しいか? と思わずにはいられないほどよく出来た感動作です。