(500)文字のレビュー『新感染ファイナル・エクスプレス』★★★「人間の道徳を問う、デザスタームービーとホラー映画のユニークな融合作」

『新感染ファイナル・エクスプレス』(부산행)★★★

日本でも去年『アイ アム ア ヒーロー』というゾンビ映画の傑作が作られたこともあり、アジア圏でもゾンビ映画が成立しうることを見事に立証した快作。

作品の好き嫌いは別にして、ブラッド・ピットのプランBによるゾンビ映画超大作『ワールド・ウォーZ』で描かれた「ゾンビをイワシの群れのように一つの巨大な生物として描く」手法は、潤沢な予算が使える大作ならではの表現方法として一つの革命だったことは確かでしょう。そして、「ゾンビ映画」が大作としても興行的な価値があるのだということを証明した事実も大きい。

日本でも去年『アイ アム ア ヒーロー』という傑作が誕生し、イギリスでは終末系SFとしてのゾンビ映画『ディストピア パンドラの少女』という快作も作られました。

そんな中、去年ポスターと予告が公開されてからずっとファンの間で話題になり続けていた作品が今回公開された『新感染 ファイナル・エクスプレス』です。

当時は『釜山行き』という原題で話題になっており、日本でも公開が遅々として進まなかったこともあり、ファンの間ではすっかり『釜山行き』というタイトルで非公式に定着して感もありました。なので、日本の公開が決まってから暫くし、邦題が『新感染 ファイナル・エクスプレス』になったことで物議をかもしました。

正直口にするのが少々こっ恥ずかしいタイトルですし、内容の質の高さやシリアスなドラマを鑑みるにやはり残念な気持ちもあります。とは言え『釜山行き』では誰も観に来ないことは確実なので難しいところです。(同監督によるアニメ作品の前日譚は『ソウル・ステーション/パンデミック』としているのですから、こちらもなんとかならなかったんでしょうかね)

とまれ、本編は韓国のアニメ監督による実写作品という、日本での庵野秀明監督による『シン・ゴジラ』の成功に少し近い形のようで、果たして正攻法の極みのような作りのもと「超特急列車を舞台にしたゾンビ映画」というB級感あふれるプロットを見事な大作として完成させていました。

まず今作の野心的なところは、「超特急列車を舞台にしたデザスター映画」としての入れ物の中に、ものの見事に「ゾンビ」というホラー映画のモチーフを注入できていることではないでしょうか。

「超特急列車を舞台にしたパニック映画」と考えれば、真っ先に思い浮かぶのが日本の『新幹線大爆破』であることは言うまでもありません。

「時速80キロを超えると起動し、80キロ以下に減速すると爆発する爆弾」を仕掛けられた新幹線を縦軸として、犯人側と警察との戦いも盛り込むてんこ盛りの作品。新幹線側を中心とした編集を施された海外版が大ヒットした経緯もあり、今作の監督も当然アイデアの元になっているはずです。

今作の醍醐味はやはり逃げ場のない超特急列車内でゾンビが大発生するという極限状況を中心とし、基本的にその列車に乗り合わせた登場人物グループから視点がブレないことが成功のポイントではないでしょうか。

ゾンビ映画史に残ると断言してもいい「旅客機の中でゾンビ大発生」というシチュエーションが素晴らしい。あのシチュエーションを列車に置き換えて全編やったみたというのが『新感染』なのだ。

さらにこの作品が上質な点として、『ポセイドン・アドベンチャー』を代表とする「極限状況におかれた人間のグループがそれぞれどういう行動をとるか。個々の人間はどういう選択をするのか」という部分でも衒いもなく真っ直ぐに描かれるところでしょう。

中でも「自己中心的」(というよりも他人の気持ちに不感症になっている)主人公が、この状況下で様々な人と出会い、人間として成長していく過程には胸が熱くならざるを得ません。また、主人公の子どもが母親からのしっかりとして教育を受けていることも重要で(その母親が最後まで登場しないことも美しい)、「他人を慮る」という平時でもなかなか難しい人間としての美徳を、極限の状況下で主人公が獲得していくさまはホラー映画としては極めて珍しい動特性にあふれた作劇ではないでしょうか。

「俺に構わず行け!」はホラー映画に限らずエンタメ映画では基本中の基本ですが、この映画がデザスター映画のルックスを保っているだけに、主人公グループのキャラの誰が死んでも悲しくて驚かされるのもポイントでしょう。そのままホラー映画としてのルックスで作っていたとしたら、「フラグ消化」という形でしかキャラの死は感じられなかったと思います。それほどホラー映画としては極めて珍しく「キャラが生きている」んですね。終盤のある登場人物の死を「影」で描くという手法にはグっときました。

個人的にはホラー映画やデザスター映画での定番である「ゲス」がやっぱり登場し、そのキャラが正真正銘のゲス野郎であることには閉口したのですが(ゲス野郎や、内ゲバは最早使い古された古臭い記号だと思います)、このゲス野郎の行動や選択が主人公たちと対比されているので不必要ではないのが又面白い。

終始雪隠詰の恐怖として「鬼ごっこ」「隠れんぼ」としての緊張感が常に保たれており、中でも登場人物がうっかりアレを踏んでしまう場面の劇場内に走る緊張感は最近の映画ではなかなか味わえないモノでした。中盤と終盤でちゃんと「ゾンビ」の群れとしての恐怖を全力で展開して見せるのでそこらあたりの抜かりもない。

ちょっと「超特急列車を舞台にしているにしては、その舞台装置を活かすもう一捻り」が欲しかった気もするのですが、ソレを抜きにしても大変満足度の高いゾンビ映画の傑作であります。

【118分/ビスタサイズ/字幕版】

ノベライズ版。資料的価値も高そうなので買っておきたい。

デザスター映画の最高峰であり、ドラマとしての完成度は他の追従を許さないブッチギリの金字塔。

「世界の終わりの始まり」を描いた冒頭のシークエンスの「予兆」と「底知れない恐怖」は群を抜いて素晴らしい傑作。

「突っ走ってくる凶暴なゾンビ」としての革命的作品であり、極限状態の人間の醜さを描いているという部分でも厭になるほどの傑作。この「悪夢感」は他の作品ではなかなか味わえない。

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