『ダンケルク』丸の内ピカデリージャパンプレミアでの35ミリフィルム上映の酷さについての覚書

懸念されていた山崎貴監督の「接待」に関しては、色々言いたいことはあるにせよ、よくある関係ないアイドルなどが出てきての、どうでもいいイベントなどが無かっただけ評価したい。
先日8月23日。クリストファー・ノーラン監督最新作『ダンケルク』のジャパンプレミアに当選したので行ってきました。
丸の内ピカデリーで行われたジャパンプレミアは、席がランダムだったり(コレに関してはイベントの性質上懸命な措置だと思います)、よくある映画に全く関係のないタレントなどがでてきてのくだらないイベントなどが無かったのは評価できると思います。
作品に関しても公開前なので詳しい感想は差し控えますが、期待を上回る傑作でした。
ただ、
今回のジャパンプレミアは、「クリストファー・ノーランの希望」という名目のもと、(http://natalie.mu/eiga/news/245721)『フィルム上映』ということが事前に通知されましたが、それがあまりにも酷い上映だったことに憤ったので記事にした次第です。
クリストファー・ノーラン監督はアナログ至上主義であり、フィルム信奉者の一人です。特にフィルム撮影に関しては並々ならぬ熱意をもって取り組んでおり、『ダークナイト』で初めて商業長編映画においてIMAXフィルム撮影を一部のシーンで行ったことでも知られています。

画像は拝借したものですが、アスペクト比とフィルムの情報量の違いが一目瞭然。
IMAXフィルム撮影に関しては、その後の『ダークナイト・ライジング』『インターステラー』とどんどん使用シーンが増えており、今回の『ダンケルク』に至っては、IMAX撮影以外のシーンでも70ミリフィルム撮影を行うことによって、実質的にすべてのシーンが「ラージフィルムフォーマット」で撮影されたことになります。
そのノーラン監督の希望、というよりも、ノーランファンのたっての願いを受けて今回の『ダンケルク』でもフィルムプリントが行われ、今回のジャパンプレミア及び期間限定で一部の地域でのフィルム上映が計画されているようです。詳細は不明ですが、同期間での上映が無いことから、フィルムは恐らく一本だけのプリントかと思われます。
さて、今回その(現在では貴重な)35ミリフィルムのプリントによる「フィルム上映」が行われたわけですが、結果から言いますと
「こんな酷いフィルム上映は30年前の場末の3番館でも観たことがないようなお粗末な代物」
でした。
筆者は20年以上前に映写の仕事に携わったことがありますし、その他にもフィルムに関わる仕事には幾つか参加したことがあります。そして、なにより年代的にデジタル上映以前のフィルム上映には常日頃からお世話になってきた人間です。
以下、今回のフィルム上映に関して思ったこと。
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フォーカスが甘い。
ノーランの会社「SYNCOPY」のロゴの時点で眠たい映像なのがすぐに分かり、その後冒頭の状況説明のテロップの部分からもハッキリと「ピントの合っていない」事が明白なボケボケの映像でした。もちろん視聴不能なほどハッキリとした不具合ではありません。実際地方の劇場や映写技師の未熟な上映ではこういった上映はままあります。フィルム上映(特に大画面)でのフォーカス調整は至難の業で、まず画面全体に合わせるのは厳密には不可能ですし、字幕へのフォーカスの調整も非常に技術が必要です。とはいえ、監督を招いたジャパンプレミアでこの上映クオリティはハッキリ言って懲戒免職モノですし、お金を払っていたのならハッキリと返金を要求するレベルです。一昔前ならまだしも、現在のシネコンでの上映でこういったことが起きることは殆ど無いことを考えれば当然そうなります。
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本当にアナログ素材からのプリントなのか?
これは映写の問題がハッキリしないと判明しかねますが、いわゆる「デジタルデータをフィルムに焼き付けた」ように思える映像だったことです。当然現在のポストプロダクションにおいて「アナログオンリー」で処理をするのは考えにくいので、一旦すべての素材はデジタルスキャンされていると考えられます(ここは断定はできませんが)。なので、ノーランがいくら「IMAXフィルム撮影」を標榜したところで、それをそのままネガからポジにプリントした(デジタルデータを介さない)映像を観られるとは考えられません。とはいえ、IMAXフィルム撮影で得られるデータのポテンシャルが計り知れないことは、ブルーレイになった映像を観ても明らかなので、撮影に関しての意図は十分理解できます。逆に、一度はデジタル処理を施された映像を35ミリフィルムにプリントしたところで、以前の「純粋なフィルム」の質感やクオリティが再現されているかというとそれは疑問を呈さざるを得ません。もちろんマスターがフィルム撮影で行われたことによって生まれる「フィルムの質感」は十分今回の上映でも感じることが出来ましたが、それが「フィルム上映」によって生じているかは甚だ疑問。語弊を恐れず言えば「デジタルをパソコンのソフトでフィルムの質感にした」ような雰囲気も逆に感じられてしまったのです。
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フィルムのポテンシャルはこんなものではない。
0号試写というできたてホヤホヤのフィルムでの映像を観たことのある人間として言えるのは、フィルム撮影映像の質感やクオリティは「デジタル」とはまったく異質の美しさがあります。これはどちらが上とか下ではありません。ただし、「鮮度」という意味では、何度も上映されたフィルムや、マスターから何世代も経ったプリントでは、目に見えて落ちてしまいます。それはアナログならではの特徴ですし、巷でよく言われる「フィルム上映の味」というのも実際には経年劣化や鮮度の低下であったりすると思います。翻って言えば、できたてホヤホヤのフィルム撮影映像本来の「鮮度」をもっとも再現できているのはデジタル上映だと思います。しかも原則的に経年劣化などは生じません。個人的には、現在IMAXや70ミリフィルムでの撮影によるマスターのクオリティを「再現」するのに現行最も適した上映形態は4Kマスターによる4K上映なのではないかと考えます。無論フィルムIMAXでのプリントであれば撮影時のクオリティを再現するのに一番適しているとも言えますが、フィルム上映にはやはり技術的な制約がつきまといます。ましてや35ミリフィルムというフォーマットはそもそもノーランが「まったく意図していない」上映形態であることは明白です。そもそも今回の『ダンケルク』では35ミリフィルムでの撮影を行っていないのですから。
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Twitterなどでの情報から3年前に行われた同劇場での『インターステラー』35ミリフィルム上映でもフォーカスの甘い映写が行われていたそうですし、同フィルムによる早稲田松竹さん(フィルム上映のクオリティはお墨付き)での上映ではクオリティが高かったという事です。
今回のフィルムも、フィルムそのもののクオリティはある程度維持されていると考えるならば、今後の地方劇場での上映などの別環境での上映で明らかになってくると思います。
とはいえ、個人的には今回の上映に触れた事により、今後「フィルム上映」に付き合う必要はないかなと。当然「フィルム撮影の昔の映画をデジタルを介していない当時のプリントでフィルム上映」するということなら観たいとは思いますが(それでも映写技師の技量によるリスクはある)、今後ますます機会のなくなっていくであろうフィルム上映には、それほど固執する必要はないかなと思います。
寂しい話ではありますが、現在の一定の水準を超えたハイクオリティな上映を日本中どこでも実現できているシネコンが普及した現在では、やはり普通にデジタル上映で構わないという思いですし、フィルム上映に固執するよりも4Kあるいは8Kでの上映をもっと普及させるべきではないかと。
最後に結論として言えるのは、日本で『ダンケルク』を観るなら
- 大阪エキスポ109でのレーザーIMAX上映
- デジタルIMAXでの2K上映
- 4K上映可能なビスタサイズスクリーンでの上映(アスペクト比が1:2.0でフラット上映なのでシネスコサイズのスクリーンだと上下左右に黒味が出ます)
今回シネスコサイズでの上映を観たのですが、やはり画面のレイアウトや演出などが「上下の広いアスペクト比」で観ることを前提としているように感じますので、4Kよりもアスペクト比が少しでも広がる2KデジタルIMAX優先で良いように感じます(音も断然IMAXの方がすごそうですし)。
それでは、皆さんが『ダンケルク』をなるべく最良の形で観られることを祈っています。
『ダークナイト』及び『ダークナイト・ライジング』のIMAX撮影パートが特典として本来の1:1.43のアスペクト比で収録されています。これだけでも買う価値あり。
この作品もIMAX撮影パートの美しさが堪能できる傑作。
ハンス・ジマーの音楽が今回もキレッキレに走っています。必聴。
ことらはアナログレコード。