【映画再見レビュー】『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』アニメ版に向けてオリジナルをノベライズと共に復習しましょう!

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』

夏のアニメ公開に向けて、遂にBlu-ray BOXとして発売される。元々がテレビ用ドラマなので、解像度などのクオリティに関してはそこまで期待はできませんが、DVDなどよりは当然クオリティは高くなるでしょうし、やはり最新のパッケージで発売されるというのは大きな意味があります。何より同梱の特典である「監督の使っていた台本の複製本」は大変興味深い。

岩井俊二監督という作家は、日本でも独特のポジションにいるように思います。漠然と世間のイメージを総合すると「シャレオツ御用達」「わたしミニシアターでしか映画見ない人じゃないですか?系」「ああ、リリ・シュシュの人ね」という感じではないでしょうか。もちろん異論は認めます。

ところが、実際の岩井俊二監督の作品は決して上述の安易なシャレオツ系映画から連想されるような「イメージ先行」の作りではなく、「え!?」というキチンとしたシナリオの上に、「ハズさないユーモア」が散りばめられている、簡単に言えば「エンターテイメント作品」としてクオリティの高い作品が多いのです。そして、恐ろしいことに、ビジュアルや雰囲気や観終わった後の「読後感」はまさに「シャレオツ系作品」を観た! という満足感なんですよね。

そんな岩井俊二監督の名前を世間に知らしめたのが、今回取り上げる『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』という作品。

この以前の短編などは、上述の「岩井俊二監督」的ルックスが大きく支配するものがほとんどなのですが、この短編に限ってはまったくそれらとは異質。その後の岩井俊二監督作品とも違い、観た人すべてに強力な「郷愁感」を抱かせずにはいられない作品なのです。

物語は49分(初放送時は46分)というランニングタイムとしては、「シンプル」なように見せかけて非常に複雑。かつ幾つものストーリーラインが入り組んでいる構造です。

  1. 夏休みの登校日にヒロインなずなを巡って主人公典道と友人祐介による彼女を巡るアレコレ
  2. ヒロインのなずなが抱えた家庭の事情と典道や祐介を巻き込むカケオチ
  3. 典道の友人グループによる「花火は横から見ると丸いのか平べったいのか」という論争と、それを確認するために町外れの灯台に見に行こうというイベント

まるで分岐型ノベルゲームのような、選択肢が多数あるイベントを次々と凄いテンポで展開していく。49分という短い時間に圧縮しているのも含めて、さながら小学生の時の体感時間のような、大変密度の濃い時間を疑似体験させてくれます。

映画は時間の芸術ですが、事程左様に「上映時間」がそのまま体感時間に直結しないことも、「傑作」の証であると今作を観るとよく分かります。実際カウンターを見ながら視聴すると、普通の映画なら1幕が終わるであろう15分目ぐらいで、この作品は普通の映画の半分ぐらいのストーリーとプロットが展開し終えているのですから。

劇場公開後に発売されたVHSやLDに追加シーンや編集の変更、テイクの違いなどなど細かいリファレンスが行われ、「3rdバージョン」と銘打たれているのがこのDVD。ブルーレイもこちらを元にしていると思われます。

この作品は出自が極めて独特。元々はフジテレビのドラマシリーズ「ifもしも」というシリーズの中の一編。当時も現在でもなかなか「一話完結のドラマシリーズ」というものは難しい企画だと思うのですが、『世にも奇妙な物語』が成功したあとを受けてということもあり実現したようです。なので、放送時はこの作品にもストーリーテラーとしてタモリさんが冒頭とエンディングに登場します。

DVDと同時発売されたメイキング作品。こちらで製作時の紆余曲折や放送後の顛末なども多く語られます。今回Blu-ray BOXに同時収録のは大変嬉しい。大きくなって声変わりしてしまった典道を観るのは複雑な気持ちになりますがw

何も知らずに今作を観ると、中盤で展開するトリッキーな構造に驚かされると思います。もちろん現在ではそういう時系列を崩す構成や、一本の作品でパラレルな分岐があるというプロットも受け入れやすくはなっていると思いますが、事前知識もなく「普通のノスタルジードラマ」だと見ていると、度肝抜かれることは必至でしょう。この構造自体が、先述の「ifもしも」というオムニバスドラマシリーズの約束事として決められていたという事は、知っておく必要はあります。決して岩井俊二監督の独創ではなく、むしろ足かせとして「半ば無理矢理」そうしたという意味でも。

事実、今回書き下ろされた岩井俊二監督自身によるノベライズでも、時系列は巧妙に一本道に戻されています。とはいえ、典道の一人称による視点を採用したことにより、「青年になった典道の回想」という形式になっており、彼が見ていなかった登場人物の行動を、伝聞によって再現するという小説ならではなの形式は、「分岐構造」を外したことに対する救済措置のようにも思えます。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

「小学生たち」「ひと夏の体験」「学校とプール」「灯台」「ヒロインと主人公の淡いロマンス」てんこ盛りのイベントを結晶化させた奇跡のような作品

当然これらの「子どもモノ」には不可欠とも思えるイベントやモチーフは、それぞれ少なからず様々な作品で使われてきたものでもありますし、成否を問わず幾つかの作品は名作や傑作になっているものもあるでしょう。

とはいえ、ここまで小学生たちの言動をリアリティ満点に(決してリアルとは違う)、「実際の子役たち」に演技させ、それがほとんど違和感なく作品の中に定着している作品というのは個人的には記憶にありません。ここにこそ岩井俊二監督が脚本も書いて監督もしているという点の凄さであり、それがそのまま評価に繋がったことであることは論をまたないでしょう。

もちろんシナリオの段階での「子どもたちの言動」のリアリティも重要なのですが、やはりそれを固定カメラを極力使わない「移動」や「クレーン」や「手持ち」撮影などを駆使した「躍動感」あふれる映像で捉えたことと、そのセリフにアクションに違和感を抱かせるよりも早くポンポン削っていく編集のダイナミズムで定着させたことが成功のポイントだと思います。一例をあげると、同ポジ(カメラ位置は同じカット)の中でセリフとセリフの間や、ほんのちょっとの余計なアクション「靴を履く途中」などが、ポンポン削られていくのです。現在のYouTubeでも多用されるような編集技法が、「小学生たちの体感時間」を再現するためにテクニカルに使われているというところが普通のドラマや、ましてや当時の映画においても画期的な演出技法だったと言えるでしょう。

通常のシークエンスのテンポが全編そういったジェットコースターのような作りになっているので、終盤の有名な「夜のプール」のシークエンスなどでは、ヒロインのなずなと主人公の典道の会話を「望遠のワンカット処理」で長く(通常のドラマなどでは決して長くはないんですが)使って描いたりするのが大変印象に残ります。

結局のところ、この作品がここまで皆に永い時間愛され続けているのは、岩井俊二監督の「生き生きとしたセリフ」「活き活きとした撮影」「イキイキとした編集」というテクニックが、「オムニバスドラマの一編」という制約の中でこそ発揮されることになったタイミングによる奇跡だったんだと。

未見の方は是非とも観ていただいて、笑って泣いてワクワクしてほしいと切に願います。たった49分なのですぐ観られますしね。

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』公式サイトより

というわけで、8月公開のアニメ版ですよ。

今回あえてアニメーションという表現方法で、この奇跡に果敢にチャレンジするというのも、並大抵の気合と根性では出来ないだろうなと思いつつ、新房監督ならもしかしてという期待をもって8月の公開を待ちたいと思います。

大根仁氏による「アニメ版」のノベライズ。

アニメ版のサントラ盤。ハルヒの神前氏による音楽も期待。

まさに「論理的なシナリオ」に立脚したおしゃれ感満点の名作。筆者の中では岩井俊二監督といえばこの作品。

岩井俊二監督が突然発表した中編の小品。松たか子さんの魅力や、シネスコによる映像や、肩肘張らないくせに「実は捻りのあるシナリオ」などなど、岩井俊二氏ならではの魅力が詰まった傑作。松たか子さんのPVから発展したというあたり、後述の『花とアリス』のように、そういう動機が岩井俊二監督の傑作を生み出すという個人的な法則に当てはまります。

元々が「Pocky」のおまけドラマだったのを、長編映画化してしまったというこれまた異色な出自を持つ作品。それがここまで名作になるのですから、岩井俊二監督は「制約」の中でこそ光り輝くのではないかと。

スポンサーリンク
スポンサーリンク